なかなか太宰治ほど夢想家な人間は居ない。自分よりすごい。
夏への扉は妙な哀愁と空気があった。
何歳になっても、人間である以上、いったん良いものとして自分の中に取り込んだものを
外に出すのは辛いだろう。これ前も書いたっけ。
完璧主義的な気質は、よかぁない。
物事が完璧になる(なったと思える)事の方が少ない。
その差異が全部ストレスになる。
じゃあ、どうやって、適当主義になるのか。
そもそも日本が堅苦しいなかで。
これを今後頑張ってやっていき、適当になるしか、生きる道はない。
でも、年喰うにつれて、適当になってきた。
馬鹿になりたい。
会社は1ヶ月半経過。
毎日9時半くらいに家について、10時過ぎくらいまでにシャワー浴びたりを終え
1時間勉強して寝て5時に起きるみたいな。
後、仕事は、結構重たい。
ただ多分、最も負荷になってるのは、人間関係だ。
ツーカーとまではいわなくても、1年2年一緒にやっていれば
相性の良い人悪い人それぞれと、お互いに負担のないようなはまり方をしていくもの。
だから、最初は気を使わないといけない。新参者が。
お給料は結構良いけど、ものをかえるという実際の金の能力に全く価値をおいてないので
自身にポジティブな影響を与えない。相変わらず半分以上使わない。